精神医学も多数決 香山リカのココロの万華鏡

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精神医学も多数決 香山リカのココロの万華鏡

記事:毎日新聞社
提供:毎日新聞社

【2007年9月25日】

香山リカのココロの万華鏡:精神医学も多数決 /東京

 「正常と異常の区別はどこでつけるのですか?」と質問されることがある。たいていは、初対面の人に仕事をきかれ、「精神科医です」と答えた直後だ。何度か会ったことのある人や友人は、そんなことは私にきかない。この人にきいても正しい答えが返ってくるわけはない、とわかるからだろう。

 そのように、初対面のときにはわからなくても、何回か会ううちに「このあたりが問題かも」「最初は問題だと思ったけれどこれも個性かも」などとわかってくることも多い。人が正常か異常か、といった大問題が一度会っただけでわかるわけはない。

 「それでもプロの精神科医なら、何か見きわめるポイントを知っているんでしょう」とさらにきいてくる人がいる。そういう人には、「そうですね、あとは数の問題ですかね」などと答えてしまう。

 数の問題。その文化や社会での多数派ならオーケーで少数派なら要注意、といった意味である。「え? 精神医学も一応、医学なのにそんなアバウトな決め方でいいの?」と驚かれるかもしれないが、すべてとは言わないまでも、臨床の現場ではけっこうそんなところがあるのではないだろうか。

 今から15年ほど前、病棟のふたり部屋にいる受け持ち患者さんのところに回診に行ったときのことだ。その人の主症状は、誰もいないのに声が聞こえる「幻聴」だった。「いかがですか」「うーん、まだ声が聞こえるんですよ。それも宇宙人のような」。そんな会話を交わしていると、隣のベッドの男性が私たちの会話に参加してきた。「あ、宇宙人の声ならオレにも聞こえるよ」。彼もまた、幻聴に悩む人だったのだ。ふたりは顔を見合わせ、にっこり笑って私にこう言った。

 「ほら、やっぱり宇宙人の声は本当にあるんですよ」「聞こえない先生が間違ってるんだよ」

 その場では、聞こえる人がふたりで聞こえないのは私だけ、形勢は完全に不利だ。私はすごすごと病室を後にした……。

 それ以来、私は「正常か異常か、というのは、結局、多数決の問題なのではないだろうか」と考えるようになった。もちろん、医学的に言えばそんなわけもなく、おそらくあと何十年かすれば精神医療の領域でも画像診断などで「病気か否か」が判定できるようになるのだろう。しかし私には、あのとき「オレたちには聞こえる声が聞こえないなんて、先生がおかしいんだよ」と言った彼らの勝ち誇った顔が、どうしても忘れられないのだ。

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このページは、hisaが2007年9月25日 23:59に書いたブログ記事です。

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